香りはエロスと直結する。平中という九〜十世紀に実在した有名な色好みは常に香薬を携帯し、デートの時は口に含んでいたという。ある日、これが妻の嫉妬で、ネズミの糞にすり替えられていて、デートから帰った平中はげえげえ吐いて寝こんだという話も古典にはある。このように香りは、口臭や体臭をごまかすためのものとして使用されていた。ごまかすことで色恋をスムーズに運ぶ、もっというと異性を惹きつけるために使用された。『源氏物語』の光源氏も、娘の東宮入内に先立ち、香りのコンテストというべき「薫物合わせ」を開催する。ここで上位に上がった品々を、御所の宿舎で使う輿入れ道具として、娘に持たせるつもりなのである。娘をミカドとかけあわせて、生まれた皇子を即位させ、その後見役として皇子の母方が権力を握るのが当時の政治だから、娘が入内したら、ほかの妃に負けぬよう頻繁にミカドのお越しを仰がねばならない。そのために娘の宿舎を居心地の良いインテリアで固め、優秀な女房をとりそろえ、各種催しを開催するなど、あの手この手の趣向を凝らすのだが、そのひとつとして「薫物」の香りで、娘自身を包む。それでミカドを「またここに来たい」「この人を抱きしめたい」とうっとりさせて、皇子の誕生を期待するのだ。光源氏が末摘花によろめいてしまったのも、こうした香りのエロスが鼻腔から脳を直撃し、体中を駆けめぐったせいだろう。末摘花はブスゆえに、視覚ではなく嗅覚という官能で、光源氏をその気にさせる。それしか設定はあり得ないのである。
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