おカネができてモノをひと通り揃え終ったとき、さらに新しいモノを要求する消費者の欲望が通信販売を成立させた。これを「買い替え需要型」とよぶことにしよう。アメリカの通信販売も第二次大戦後に買い替え需要型に移っていくのだが、日本の通信販売は七〇年代に入って発生した買い替え需要から初めて本格的に普及していったのだ。黒住武市さんの『日本通信販売発達史』(前掲書)によると、東京高等商業学校の石川文吾教授が明治43年の時点で、日本では通信販売が成立しないという説を唱えていたという。調べてみたら、こんな説だった。日本では国土の狭い割合に人口が狽密で、従って村落がくつ付き合って居って、その間々には相宿の町は必ずある。それだから如何なる田舎でも、遠くも二里三里も行けば、日用品の大抵の物は間に合ふ。殆んど不自由は感じないから、殊更らに五十里も距って居る大都會に郵便で注文する必要を感じて居ない所が米國は領土が茫漠で人口が寡いめに、二十里三十里歩いた所で町はない、一寸した品を買ふにしても、汽車に乗って行くといふのであるから、大愛な譚である。それで通信販責の方法があれば、之れ程便利な事はない、端書一本で必要品が手に入る、運賃はかかるけれども汽車賃と半日以上の時間を費すことを見れば、何でもない。それで通信販賓は何うしても歓迎さる。之れが日本と米國と事情の違ふ第一の鮎である。(「新式販責法成功難の一例としての通信販育法」『商工世界太平洋』第9巻第14号・博文館)