今、世界にはさまざまな個性を持った新旧のブランドが存在しているが、これらのブランドすべてをくくることができる、魔法のような言葉がたったひとつだけある。それは、ラグジュアリー(luxury)。英和辞典で引くと、贅沢、豪奢、おごりといった訳語が出てきて、当たらずとも遠からず、ではあるが、痒いところに手が届きそうで届かない、実に微妙なところだ。ラグジュアリーと聞いて、私が最初に思い浮かべるのは、貴族の生き方である。貴族は生まれながらに背負った義務とともに生きている。彼らは自らの領地から得た豊かな恵みに浴するだけの存在ではない。領地や領民を守るために、ひとたび紛争が起ころうものなら、先頭に立って戦わなければならない宿命を背負う。一九八二年にフォークランド紛争が起きたとき、チャールズ皇太子の弟であるアンドリュー王子が最前線に派遣された。これは、戦になっても本丸から外に出ることの少ない日本の殿様や将軍とは大きな違いだ。ブランド品を所有するという行為にも同じことがいえる。一流ブランドのバッグを手にして、人々の羨望や憧れを享受し、虚栄心を満たすだけでは、ゴージャスどころか、さもしい人に見えてしまうのが、一流ブランドの怖い側面だ。一流品を所有したら、一流の振る舞いをしなければいけない。一流の人間になるために自分を磨かなければいけない。自分を育てるという意識が大切だ。その向こうにラグジュアリーという、甘い蜜が香る。であるから、ディスカウント店で高級時計やバッグを買おうとする行為は、すでにラグジュアリーではない。ものが本物で見た目が寸分変わらずとも、持ち主の佇まいが明らかに違う。なぜなら、一流の店は、「客」を育てるからだ。一流のサービスと緊張感のある空気が、もの以上のなにか、一流の振る舞いをするにはどうしたらいいかを無言のうちに教えてくれる。貴族の家に生まれなかった人だって、一流ブランドにふさわしい人になることができる。ただ、それは若いうちではない。人生も半ばを過ぎて、社会的な立場もでき、孫の発育を見守る時期になってからでも決して遅くない。伴侶と一緒に気になるブランド店に赴き、目を愉しませてはどうだろう?老舗の一流ブランドは、おおむね貴族に仕える職業が発祥だ。馬具店だったり、オートクチュールの婦人服店だったり、船旅用の大型鞄店だったり、さまざまだが、そこに共通しているのは、「気高さ」を感じさせること。なにか惹かれるものを手にしたあなたは、その雰囲気と価格に気後れするかもしれない。しかし、少し奮発してそれを買って、しばらく愛用しているうちに、自分の内なるなにかが変化してくるのに気づく。今まで猫背で歩いていた自分が急に気になったり、靴をしばらく磨いていないことを思い出し、休日、早起きして靴を磨き出し、家族に「どうしたの?お父さん」といわれたりする。そうして二度目に来店したときには、はじめて行ったときよりも店の雰囲気を、はるかに心地よく感じることだろう。
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