私の場合、さらにこの危ない精神状態を小説に書くなどという無鉄砲なことをやっていたおかげで、数年前に見事にうつ病になってしまった。医者のくせに、小説を書くなどという危ない仕事に于を出してしまった罰だと言ってしまえばそれまでだが、危なくない小説を書くつもりなど毛頭なかったので、今では発病は仕方のなかったことと思えるようになった。それにしても、心の病はつらいものである。気分が落ち込むだけならまだいいのだが、めまい、動悸、肩こり等の身体症状が出てくるのでなんともつらい。これらの症状は不定愁訴というゴミ箱のような病名でかたづけられてしまうが、本人にとってはたまらなく不快な症状なのである。なんのことはない。不定愁訴の患者を診るのが大嫌いだった私が、不定愁訴の逆襲をくらってしまったのだ。天罰とあきらめ、素直に症状を受け入れて今日に至っている。今はもう手元にないが、10年以上前に買った古いワープロは「いしゃ」を漢字変換するとまず最初に「慰者」という漢字を表示した。初めのうちはバカヤローと思っていたが、最近ではなんだかこの漢字の方が医者という仕事の本質を表わしているような気がしてならない。心を病んでみて初めて、病んだ人の心が分かるようになったのかも知れない。